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ベナン

ベナンの地域情報について調査しています。ベナン共和国は西アフリカの国です。ベナンに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

ベナン

位置

西はトーゴ、東はナイジェリア、北西はブルキナファソ、北東はニジェールと国境を接しています。南はギニア湾に面しています。

国土

約11.5万km2

首都(およその人口)

ポルトノボ(26万)

以外のビジネス関連都市(およその人口)

コトヌー(240万)

人口

およそ1,173万人

人種構成

フォン人、アジャ人、ヨルバ人、バリバ人、フラニ人、その他

言語

フランス語

宗教

53.0%がキリスト教、 24%イスラム教、 18%伝統信仰、 その他

文化

ブードゥー教と西アフリカの奴隷貿易の影響を大きく受けています。

教育

2015年の識字率は38%ほどです。教育の無償化により就学率が急速に上昇しています。また、女子よりも男子の方がはるかに高い割合で学校に在籍しています。

ベナン近・現代史の概略

1800年代 カカオのプランテーション農業が盛んになる
1951 ポルトガルの海外州になる
1960 サントメ・プリンシペ解放委員会(MLSTP)が設立
1974 ポルトガル本土での軍事クーデター(カーネーション革命)。ポルトガル政府は、島々の独立の権利を認め、MLSTPを交渉の唯一の代表として認める。ポルトガル人の脱出
1975 ポルトガルから独立。MLSTPからマヌエルピントダコスタ大統領とミゲル・トロボアダ首相就任。プランテーション国有化。共産主義国と強い結びつきを構築
1978 クーデター未遂。政府はアンゴラ軍に支援要請
1980 経済悪化とともに共産主義国との結びつきを縮小。西側に支援を求める
1988 クーデター未遂
1990 野党を合法化し、複数政党制の選挙を規定する新憲法導入
1991 最初の複数政党制選挙。サントメ・プリンシペ独立運動(MLSTP)は過半数を取れず、暫定政府設置。無所属の候補者ミゲル・トロヴォアダ大統領選出
1992 緊縮政策による政情不安
1994 サントメ・プリンシペ独立運動が権力を取り戻す
1995 無血クーデターでトロヴォアダ大統領拘束。しかし支援国からの圧力でトロヴォアダ復帰
1996 トロヴォアダ大統領再選
1997 経済不安。台湾と国交樹立。中国が外交関係停止
2000 公務員のストライキ
2001 デ・メネゼス大統領選出
2002 石油利権の保護を目的とした、国内の米国海軍基地の計画を発表
2003 軍事クーデター。当時ナイジェリアにいたデ・メネゼス大統領は軍事フンタと合意し、1週間後にサントメに戻る。石油会社がサントメ・プリンシペのオフショア石油ブロックに入札
2004 石油利権をめぐる大統領と首相との争い。汚職スキャンダルの後、首相と政府が解任される
2009 クーデター未遂
2011 独立時代のリーダーであったダ・コスタが大統領選出
2016 エヴァリスト・カルヴァリョ大統領選出。台湾と断交し、中国と国交回復

政治

複数政党制を採用した大統領制の民主共和国です。大統領は国家元首と政府の長の両方を務めています。議会は一院制です。

一人当たりGDP

971ドル

経済

経済は未発達で、自給自足農業、綿花生産、地域貿易に依存しています。


アフリカ

南アフリカ、 エジプト、 ナイジェリア、 コンゴ民主共和国、 エチオピア、 ケニア、 タンザニア、 ウガンダ、 モザンビーク、 マダガスカル、 ザンビア、 マラウイ、 ジンバブエ、 ボツワナ、 ナミビア、 アンゴラ、 コートジボワール、 モロッコ、 カメルーン、 ガーナ、 ブルキナファソ、 コンゴ共和国、 ガボン、 中央アフリカ共和国、 チャド、 ニジェール、 マリ、 モーリタニア、 アルジェリア、 チュニジア、 リビア、 スーダン、 南スーダン、 ギニア、 セネガル、 エリトリア、 ジブチ、 ソマリア、 ルワンダ、 ブルンジ、 セーシェル、 コモロ、 モーリシャス、 エスワティニ、 レソト、 赤道ギニア、 サントメ・プリンシペ、 ベナン、 トーゴ、 リベリア、 シエラレオネ、 ギニアビサウ、 ガンビア、 カーボベルデ

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