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中央アフリカ共和国

中央アフリカ共和国の地域情報について調査しています。中央アフリカ共和国は中央アフリカの内陸国です。中央アフリカ共和国に進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

中央アフリカ共和国

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位置

北はチャド、北東はスーダン、南東は南スーダン、南はコンゴ民主共和国、南西はコンゴ共和国、西はカメルーンに隣接しています。

国土

約62.3万km2

首都(およその人口)

バンギ(62万)

人口

およそ467万人

人種構成

バイヤ族、バンダ族、マンディア族、サラ族など

言語

フランス語、サンゴ語

宗教

キリスト教89.5%、イスラム8.5%、その他

文化

2つの国立公園が世界自然遺産として登録されています。

教育

6歳から14歳まで無償の義務教育があります。しかし国民のおよそ半数は読み書きできないとされています。

中央アフリカ共和国近・現代史の概略

1894 フランス領ウバンギ・シャリ成立
1910 ウバンギ・シャリがフランス領赤道アフリカの一部となる
1958 フランス領赤道アフリカ内で自治権を獲得
1960 中央アフリカ共和国として独立
1965 財政破たんと全国的なストライキ。クーデターによるダッコ大統領追放
1966 ボカサが大統領に就任
1972 ボカサが生涯大統領に就任
1976 ボカサが皇帝を宣言。中央アフリカ帝国に改名
1979 クーデターによりボカサ皇帝追放。ダッコ大統領が再就任し、共和制復活
1981 コリンパが率いるクーデターによりダッコ大統領退任。憲法停止
1984 すべての政党指導者の恩赦が宣言
1986 新憲法採択,コリンバ大統領選出。ボカサがフランスから帰国
1988 ボカサに死刑宣告がされたが、終身刑に変更
1991 政党の結成が合法化
1993 パタセ新大統領就任。ボカサを含む数千人の政治犯を釈放
1996-97 未払いの賃金をめぐって兵士の反乱
1997 フランス軍が撤退を開始
2000 汚職に対する抗議運動が暴動に発展
2001 コリンバ元大統領によるクーデター失敗
2003 ボジゼによるクーデター。自ら大統領を名乗り、憲法停止、議会解散
2004 国民投票で新憲法承認
2005 大統領選挙。ボジゼ大統領就任
2006 反乱軍が北東部の町ビラオを占領。フランス戦闘機が反乱軍に空爆
2007 反政府勢力と大統領が和平協定に調印
2009 政府と反政府勢力間の衝突
2010 選挙延期。反乱軍が北部の町ビラオを攻撃
2012 セレカ反政府勢力連合が国の北部と中心部を急速に制圧
2013 セレカが首都を襲い、権力を掌握。大統領亡命。ジョトディア・セレカ指導者「大統領」就任。憲法無効化,内閣総辞職,議会解散
2014 セレカとキリスト教自警集団(アンチ・バラカ)がブラザビルでの会談で暫定的な停戦に同意
2015 ローマ教皇が中央アフリカ訪問

政治

半大統領制の立憲共和国です。大統領が国家元首であり、首相が政府の長である。 行政権は政府によって行使されます。 立法権は政府と議会の両方に与えられています。

一人当たりGDP

448ドル

経済

農業や食料品、ダイヤモンドの輸出などが主力です。


アフリカ

南アフリカ、 エジプト、 ナイジェリア、 コンゴ民主共和国、 エチオピア、 ケニア、 タンザニア、 ウガンダ、 モザンビーク、 マダガスカル、 ザンビア、 マラウイ、 ジンバブエ、 ボツワナ、 ナミビア、 アンゴラ、 コートジボワール、 モロッコ、 カメルーン、 ガーナ、 ブルキナファソ、 コンゴ共和国、 ガボン、 中央アフリカ共和国、 チャド、 ニジェール、 マリ、 モーリタニア、 アルジェリア、 チュニジア、 リビア、 スーダン、 南スーダン、 ギニア、 セネガル、 エリトリア、 ジブチ、 ソマリア、 ルワンダ、 ブルンジ、 セーシェル、 コモロ、 モーリシャス、 エスワティニ、 レソト、 赤道ギニア、 サントメ・プリンシペ、 ベナン、 トーゴ、 リベリア、 シエラレオネ、 ギニアビサウ、 ガンビア、 カーボベルデ

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