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ドミニカ共和国

ドミニカ共和国の地域情報について調査しています。ドミニカ共和国はカリブ海の大アンティル諸島のイスパニョーラ島に位置する国です。ドミニカ共和国に進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

ドミニカ共和国

位置

キューバとジャマイカの東、バハマとタークスカイコス諸島の南にあります。ハイチ共和国と共有する島の東部8分の5を占めています。

国土

約4.9万km2

首都(およその人口)

サントドミンゴ(291万)

サントドミンゴ以外のビジネス関連都市(およその人口)

サンティアゴ・デ・ロス・カバリェロス(55万)など

人口

およそ1,074万人

人種構成

70.4%混血、15.8%黒人、13.5%白人、その他

言語

スペイン語

宗教

69%がキリスト教

文化

ヨーロッパの文化的基盤とともに、アフリカやタノイ族の影響を受けています。

教育

6~14歳の基礎教育は義務になっています。中等教育は義務ではありませんが、無償です。

ドミニカ共和国近・現代史の概略

1804 イスパニョーラ島がハイチとしてフランスから独立
1808 スペインがサントドミンゴを奪還
1821 スペイン支配に対する蜂起の後、短期間独立
1822 ハイチのジャン・ピエール・ボワイエがサントドミンゴに進軍し、島の東部を併合
1844 ドミニカ共和国としてハイチから独立
1861-63 スペインによる併合
1864 反乱によりスペインがドミニカ共和国から撤退
1865 2度目のドミニカ共和国宣言
1875 ハイチとの平和条約
1916-24 内乱をきっかけに米軍が占領
1924 米軍撤退
1930-61 クーデター。トルヒーリョ将軍による独裁
1937 ドミニカ共和国領内に住むハイチ人を軍が虐殺
1960 米州機構はドミニカ共和国との外交関係の断絶を求める決議を採択
1961 トルヒーリョ暗殺
1962 左翼ドミニカ革命党の創設者ファンボッシュが大統領に選出
1963 軍事クーデターでボッシュ退陣
1965 ボッシュ支持派による蜂起。ドミニカ内戦。米軍侵攻
1966 トルヒーリョ派のホアキン・バラゲールが大統領に選出。強権政治。ボッシュ派粛清
1978 シルベストルアントニオグスマンが大統領に選出。政治犯釈放。メディアの検閲緩和。バラゲール支持の軍隊を一掃
1979 2つのハリケーンにより甚大な被害。経済悪化
1985 緊縮財政と暴動
1986 バラゲールが大統領に再選
1994 バラゲールが大統領に再選するが、不正により紛糾し、任期2年のみとなる
1998 ハリケーンジョージによる被害
2002 ホアキン・バラゲール前大統領が95歳で死去
2010 ハイチからのコレラ蔓延を防ぐために国境通過制限を強化
2012 ハリケーンサンディによる甚大な被害
2016 大洪水。非常事態宣言
2018 台湾との外交関係を終了し、中華人民共和国と外交関係樹立

政治

大統領制共和国です。大統領は行政府を率い、議会で可決された法律を執行し、内閣を任命し、軍の最高司令官を務めています。議会は二院制です。

一人当たりGDP

9,195ドル

経済

かつて農業輸出への依存が大きい国でしたが、製造、鉱業、貿易、サービスの多様な組み合わせに移行しています。カリブ海および中央アメリカ地域で最大の経済です。世界で2番目に大きい金鉱山があります。


北アメリカ

アメリカ合衆国、 カナダ、 メキシコ、 グアテマラ、 ベリーズ、 ホンジュラス、 エルサルバドル、 ニカラグア、 コスタリカ、 パナマ、 キューバ、 ジャマイカ、 ハイチ、 ドミニカ共和国、 バハマ、 アンティグア・バーブーダ、 グレナダ、 セントビンセント及びグレナディーン諸島、 セントクリストファー・ネービス、 セントルシア、 ドミニカ国、 トリニダード・トバゴ、 バルバドス

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