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ギニア

ギニアの地域情報について調査しています。ギニア共和国は西アフリカの西海岸の国です。ギニアに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

ギニア

位置

北西にギニアビサウ、北にセネガル、北東にマリ、南東にコートジボワール、南にシエラレオネおよびリベリアと国境を接しています。西は大西洋と面しています。

国土

約24.6万km2

首都(およその人口)

コナクリ(166万)

コナクリ以外のビジネス関連都市(およその人口)

ンゼレコレ(20万)カンカン(19万)など

人口

およそ1,241万人

人種構成

フラニ族、マンディンカ族(マンデ系)、スス族(マンデ系)など

言語

フランス語

宗教

イスラム教が85%、キリスト教が8%、伝統信仰が7%

文化

豊富な音楽や地域により異なる食文化があります。サッカーが盛んな国とされています。

教育

初等教育は6年間義務教育ですが、多くの子供たちが出席せず、成人の識字率は41%ほどどされています。

ギニア近・現代史の概略

1891 フランス領ギニアを設立し、セネガルとは別の植民地と宣言
1898 フランス占領に対する抵抗運動の敗北。フランスはギニア全域に支配権を確立
1908 フランス西アフリカ連邦の一部になる
1952 アハメド・セク・トゥーレがギニア民主党の書記長に就任
1958 ギニアが独立。アハメド・セク・トゥーレが大統領就任
1965 セク・トゥーレ大統領はフランスが彼を追放しようと企てたと非難。フランスと断交
1984 セク・トゥーレ死去。トラオレとコンテによる無血クーデター。トラオレが首相に、コンテが大統領就任
1985 トラオレが降格され、クーデターを企てるも未遂
1990 新憲法が採択され、民政移管への道筋が開かれる
1993 最初の複数政党制選挙
1996 低賃金と劣悪待遇に対して軍隊の反乱
2000 リベリアおよびシエラレオネとの国境地域で反政府勢力による侵略で1,000人以上死亡
2002 ギニア、シエラレオネ、リベリアが国教の確保と反乱への措置で合意
2005 大統領暗殺未遂
2006 ゼネスト。賃金と基本財の価格について合意
2007 ゼネスト。デモ隊と警察の衝突で死者発生。非常事態宣言。軍隊の賃金改善要求で暴力的抗議。ウラン鉱脈発見
2008 大統領死去。軍がクーデターで権力掌握
2009 欧州連合、アフリカ連合、および米国がギニアを制裁
2010 大統領選の決選投票前に衝突。コンデ大統領就任
2011 大統領邸襲撃事件
2014 ギニア南部でエボラウイルス発生。隣国シエラレオネとリベリアに広がり600名以上死亡
2015 エボラが再び感染拡大。選挙をめぐる大規模な抗議
2017 暴動によりボーキサイト鉱山の操業停止

政治

大統領制の共和国です。直接選挙で選ばれる大統領は国家元首であり、政府の長です。議会は一院制です。

一人当たりGDP

818ドル

経済

農業への依存が大きい経済です。鉱物資源や海洋資源が豊富で成長余地の大きい国とされています。


アフリカ

南アフリカ、 エジプト、 ナイジェリア、 コンゴ民主共和国、 エチオピア、 ケニア、 タンザニア、 ウガンダ、 モザンビーク、 マダガスカル、 ザンビア、 マラウイ、 ジンバブエ、 ボツワナ、 ナミビア、 アンゴラ、 コートジボワール、 モロッコ、 カメルーン、 ガーナ、 ブルキナファソ、 コンゴ共和国、 ガボン、 中央アフリカ共和国、 チャド、 ニジェール、 マリ、 モーリタニア、 アルジェリア、 チュニジア、 リビア、 スーダン、 南スーダン、 ギニア、 セネガル、 エリトリア、 ジブチ、 ソマリア、 ルワンダ、 ブルンジ、 セーシェル、 コモロ、 モーリシャス、 エスワティニ、 レソト、 赤道ギニア、 サントメ・プリンシペ、 ベナン

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