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レバノン

レバノンの地域情報について調査しています。レバノン共和国は西アジアの国です。レバノンに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

レバノン

位置

北と東はシリア、南はイスラエルと国境を接しています。西は地中海に面しています。地中海を越えて西にはキプロスがあります。

国土

約1万km2

首都(およその人口)

ベイルート(192万)

ベイルート以外のビジネス関連都市(およその人口)

トリポリ(タラーブルス)(73万)など

人口

およそ686万人

人種構成

民族的に多様な国とされています

言語

アラビア語

宗教

イスラム教61%、 キリスト教34%

文化

さまざまな民族や宗教グループで構成される多様な文化があります。

教育

8年間の義務教育があります。

レバノン近・現代史の概略

1920 レバノンがフランスの委託統治領となる
1926 フランス委任統治領の下でレバノン共和国宣言
1943 フランスより独立
1944 フランスが統治権の譲渡に同意
1958 国内緊張の高まりにより、大統領が米国に軍隊派遣要請。米国が海兵隊を派遣
1967 第三次中東戦争。レバノン政府は積極的な関与はしていないが、パレスチナ人がイスラエルへの攻撃拠点としてレバノンを使用
1975 ファランジストの武装集団がパレスチナ人を襲撃。内戦が始まる
1976 シリア軍が内戦に介入
1978 パレスチナ人への報復攻撃としてイスラエルがレバノン南部に侵攻
1982 イスラエルがレバノンに本格侵攻(レバノン戦争)し、PLO勢力を追放。主に米国、フランス、イタリアの多国籍軍が進駐
1983 米国大使館への自爆攻撃。多国籍軍の本部への攻撃
1984 米軍撤退
1985 イスラエル軍の大部分が撤退
1988 大統領選で後継者が設立できず、東ベイルートはキリスト教マロナイト派の暫定軍事政権が、西ベイルートは主にイスラム教徒の政権が形成
1989 停戦が確立。ターイフ合意(国民和解憲章)成立
1990 シリアが再侵攻し大統領宮殿を空爆。紛争が鎮圧され、シリアの支配下で内戦が終結
1996 イスラエルがレバノン南部を攻撃
2000 イスラエル軍が南レバノンから撤退
2004 国連安保理が外国軍にレバノンから撤退することを要求する決議
2005 反シリア運動。シリア軍が撤退
2006 ヒズボラがイスラエル兵2名を拉致。イスラエルが報復攻撃。国連平和維持軍が展開
2008 シリアとの外交関係樹立
2012 シリア内戦がレバノンに波及
2013 シリア国境で緊張が高まる。シリアからの難民により人口増加
2014 シリアの反政府勢力が国境の町アルサルを制圧
2015 イスラエルがゴランのシリア側で空爆を開始。レバノンへのシリア人の新たな入国制限
2016 アルカアでのシリア国民によるとされる自爆テロ。シリア難民との緊張悪化
2020 経済の停滞と汚職に対する大規模な抗議。ベイルートで大規模な化学爆発

政治

宗教的自白主義により宗派ごとに政治権力を分散する体制が取られる議会制の民主共和国です。国家元首である大統領と議会が政府の長である首相を選びます。立法府は一院制です。

一人当たりGDP

9,655ドル

経済

2006年の戦争後に大幅に成長しており、発展途上の高中所得経済に分類されます。


アジア

中華人民共和国、 シンガポール、 イスラエル、 台湾、 香港、 韓国、 マレーシア、 インド、 トルコ、 サウジアラビア、 タイ王国、 フィリピン、 ベトナム、 スリランカ、 インドネシア、 イラン、 パキスタン、 バングラデシュ、 カザフスタン、 アゼルバイジャン、 ウズベキスタン、 ジョージア、 カンボジア、 日本、 ミャンマー、 ラオス、 モンゴル、 ブータン、 ネパール、 キルギス、 タジキスタン、 トルクメニスタン、 アフガニスタン、 イラク、 アルメニア、 シリア、 レバノン、 ヨルダン、 クウェート、 バーレーン、 カタール、 アラブ首長国連邦、 オマーン、 イエメン、 北朝鮮、 東ティモール、 ブルネイ、 モルディブ

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