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マリ

マリの地域情報について調査しています。マリ共和国は西アフリカにある内陸国です。マリに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

マリ

位置

北西はモーリタニア、西はセネガル、北はアルジェリア、東はニジェール、南はブルキナファソとコートジボワール、南西はギニアに隣接しています。

国土

約124万km2

首都(およその人口)

バマコ(181万)

バマコ以外のビジネス関連都市(およその人口)

シカソ(23万)、 クーティアラ(14万)など

人口

およそ2,025万人

人種構成

50%マンデ系、 16%フラニ人、 13%ヴォルタ人、 10%トゥアレグ族/ムーア人、 6%ソンガイ人など

言語

フランス語が公用語。その他バンバラ語、フルフルデ語、ソニンケ語、ソンガイ語、タマシェク語など

宗教

イスラム95%、その他

文化

それぞれの地域文化による民族的多様性と、植民地時代およびその後の経験共有によって特徴づけられています。

教育

7歳から16歳までの9年間が無償の義務教育になっています。就学率は低く、識字率は50%未満と推定されています。

マリ近・現代史の概略

1898 フランスがマリの征服を完了
1959 マリとセネガルがマリ連盟を結成。翌年分裂
1960 単一政党の社会主義国家、マリ共和国としてフランスから独立。
1968 軍事クーデターにより大統領追放
1969 軍事政権成立
1977 抗議行動勃発
1979 新憲法によりトラオレ大統領就任
1985 ブルキナファソと国境衝突
1991 クーデターでトラオレ大統領退任。暫定政権成立
1992 多党制を認める新憲法成立。最初の民主的な選挙でコナレ大統領選出
1995 トゥアレグ族との平和協定
1999 北部でクンタ族とアラブ人が衝突
2002 大統領選でトゥーレ大統領選出
2004 干ばつのイナゴ被害による深刻な食糧難
2006 アルジェリア仲介によるトゥアレグ反乱軍との和平協定
2007 大統領選でトゥーレ大統領再選。トゥアレグ族によう兵士拉致事件
2008 トゥアレグ反乱軍が北東部、北部の基地を攻撃
2009 トゥアレグ反乱軍鎮圧。和平プロセスに戻る
2012 マリ北部紛争。(新たなトゥアレグ反乱。民間人が難民化しモーリタニアなどに流入。トゥアレグ族がマリ北部を掌握し独立を宣言。当初トゥアレグ軍として戦っていたイスラム過激派がトゥアレグ人を排除しマリ北部を乗っ取りに行く)。マリ軍事クーデター(憲法停止、トゥーレ大統領辞任、トラオレ国民議会議長が暫定大統領に就任、民政復帰)
2013 イスラム武装勢力が南下しコナの中心部の町を占領、首都占領の危機。国家非常事態宣言。トラオレ大統領はフランスに支援を求める。フランス軍はマリ北部と急速に占領。フランス軍が撤退し、国連軍に引き継ぐ。マリ政府はトゥアレグ反乱軍との和平協定に署名。大統領選挙、ケイタ大統領選出
2014 北部の停戦が崩壊し、分離派が支配権を握る。北東部で国連平和維持軍の兵士が殺害される
2015 反政府勢力が国連平和維持軍と衝突。戦闘激化。フランス軍が北部空爆。政府とトゥアレグ族反政府勢力が和平協定に署名。イスラム過激派のテロ攻撃
2016 国連平和維持軍への攻撃が相次ぐ
2017 政府軍と元反政府勢力の会合へのテロ攻撃。軍事基地へのテロ攻撃。
2018 国の北部と東部での暴力激化
2020 大統領の辞任を求める数か月の抗議運動の後、軍事クーデターにより大統領と首相が辞任

政治

大統領制の共和国です。大統領は国家元首と軍隊の最高司令官です。大統領によって任命された首相は政府の長として務めます。議会は一院制です。

一人当たりGDP

891ドル

経済

マリは世界で最も貧しい国の1つと見なされています。


アフリカ

南アフリカ、 エジプト、 ナイジェリア、 コンゴ民主共和国、 エチオピア、 ケニア、 タンザニア、 ウガンダ、 モザンビーク、 マダガスカル、 ザンビア、 マラウイ、 ジンバブエ、 ボツワナ、 ナミビア、 アンゴラ、 コートジボワール、 モロッコ、 カメルーン、 ガーナ、 ブルキナファソ、 コンゴ共和国、 ガボン、 中央アフリカ共和国、 チャド、 ニジェール、 マリ、 モーリタニア、 アルジェリア、 チュニジア、 リビア、 スーダン、 南スーダン、 ギニア、 セネガル、 エリトリア、 ジブチ、 ソマリア、 ルワンダ、 ブルンジ、 セーシェル、 コモロ、 モーリシャス、 エスワティニ、 レソト、 赤道ギニア、 サントメ・プリンシペ、 ベナン、 トーゴ、 リベリア、 シエラレオネ、 ギニアビサウ、 ガンビア、 カーボベルデ

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