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モンテネグロ

モンテネグロの地域情報について調査しています。モンテネグロはバルカン半島のアドリア海沿岸にある南東ヨーロッパの国です。モンテネグロに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

モンテネグロ

位置

北西にボスニアヘルツェゴビナ、北東にセルビア、東にコソボ、南東にアルバニア、南西にクロアチアと国境を接しています。南はアドリア海に面しています。

国土

約1.4万km2

首都(およその人口)

ポドゴリツァ(15万)

人口

およそ62万人

人種構成

45.0%モンテネグロ人、28.7%セルビア人、8.6%ボスニアック人、4.9%アルバニア人、0.9%クロアチア人、13.6%その他

言語

モンテネグロ語

宗教

76%がキリスト教、19%がイスラム教

文化

古代ローマ、キリスト教、イスラム教、ビザンチン帝国、オスマン帝国、ヴェネツィア共和国、オーストリアハンガリー、ユーゴスラビアの影響を受けた多元的で多様な文化があります。

教育

初等教育は無料で、7歳から15歳までのすべての子供が「8年生の学校」に通うことが義務付けられています。

モンテネグロ近・現代史の概略

1878 ベルリン条約によりモンテネグロ公国の独立承認
1918 第一次世界大戦後にモンテネグロはセルビアに編入され、セルビア、クロアチア、スロベニア王国の一部となる
1929 セルビア、クロアチア、スロベニア王国がユーゴスラビア王国に改称
1945 スロベニア、マケドニア、クロアチア、ボスニア、セルビアとともに、モンテネグロはユーゴスラビア連邦人民共和国の1共和国になる
1980 チトー死去
1991 スロベニア、マケドニア、クロアチア、ボスニアがユーゴスラビアから脱却。モンテネグロはセルビアとの統合を支持
1992 モンテネグロとセルビアがユーゴスラビア連邦共和国を形成
1999 コソボ紛争によりNATOがセルビアを空爆。コソボが国連の保護下になる。モンテネグロはコソボ紛争の当事者でないと宣言
2002 ユーロを通貨として採用
2003 「セルビア・モンテネグロ」に国名変更。
2004 モンテネグロがWTO加盟を申請
2006 モンテネグロ共和国として独立を宣言。国連加盟
2007 新憲法採択。国名をモンテネグロに変更
2008 コソボが独立を宣言。モンテネグロはコソボの独立を認める。セルビアは認めず、モンテネグロに抗議
2017 NATO加盟

政治

独立した民主的な主権共和国です。大統領は国家元首です。大統領は首相の候補者を議会に提案します。議会は一院制です。

一人当たりGDP

9,116ドル

経済

サービス部門や農業への依存が大きく、市場経済への移行段階にあります。


ヨーロッパ

ウクライナ、 フィンランド、 スウェーデン、 英国、 デンマーク、 アイルランド、 オランダ、 スイス、 ノルウェー、 ドイツ、 オーストリア、 フランス、 ベルギー、 イタリア、 スペイン、 スロベニア、 ポルトガル、 チェコ、 ハンガリー、 エストニア、 ポーランド、 スロバキア、 ラトビア、 ギリシャ、 ルーマニア、 クロアチア、 リトアニア、 ブルガリア、 ロシア、 アイスランド、 ベラルーシ、 モルドバ、 北マケドニア、 アルバニア、 ルクセンブルク、 ボスニア・ヘルツェゴビナ、 キプロス、 セルビア、 モンテネグロ、 アンドラ、 コソボ、 サンマリノ、 バチカン、 マルタ、 リヒテンシュタイン

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