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北マケドニア

北マケドニアの地域情報について調査しています。北マケドニアはヨーロッパ南東部のバルカン半島の国です。北マケドニアに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

北マケドニア

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位置

北西にコソボ、北にセルビア、東にブルガリア、南にギリシャ、そして西にアルバニアと国境を接する内陸国です。

国土

約2.6万km2

首都(およその人口)

スコピエ(51万)

スコピエ以外のビジネス関連都市(およその人口)

ビトラ(7.5万)クマノヴォ(7万)など

人口

およそ208万人

人種構成

64%マケドニア人、25%アルバニア人、4%トルコ人、その他

言語

マケドニア語、アルバニア語

宗教

東方正教会が主流です。

文化

ビザンチン教会の影響を受けた音楽のほか、芸術、建築、詩などの豊かな文化遺産があります。

教育

北マケドニアの教育システムは、幼児教育、一次、二次、および高等教育で構成されています。

北マケドニア近・現代史の概略

1914 第一次世界大戦勃発。セルビアに組み込まれていた北マケドニアはブルガリアに占領される
1918 第一次世界大戦終結。マケドニアは再びセルビアの一部になる。セルビア・クロアチア・スロベニア王国設立。
1929 セルビア・クロアチア・スロベニア王国がユーゴスラビアと改名。
1945 マケドニア人民共和国(将来の北マケドニア)を含む6つの共和国で構成されるユーゴスラビア社会主義連合の設立
1980年代 連合内でナショナリズムの台頭
1991 マケドニア共和国に国名を変更。旧ユーゴより独立。マケドニアという国名にギリシャが反対
1993 旧ユーゴスラビアマケドニア共和国として国連加盟
1995 ギリシャが独立を認める
1997 アルバニアの旗を使用禁止に。大規模な抗議運動
1998 コソボ紛争始まる
1999 NATOによるユーゴ爆撃
2001 アルバニア人による武装蜂起。NATO仲介による停戦、和解。アルバニア語を公用語として認める新憲法承認
2004 EUへの参加申請
2008 マケドニアがコソボを承認。セルビアが抗議
2019 国名を「北マケドニア」に変更
2020 NATO加盟

政治

議会制民主主義国家であり、大統領は国家元首で軍の最高司令官です。大統領の役割は儀礼的で、行政の実権は首相の手にあります。立法府は一院制です。

一人当たりGDP

6,143ドル

経済

独立後、経済改革を進め、着実に成長を続けてきたといわれています。


ヨーロッパ

ウクライナ、 フィンランド、 スウェーデン、 英国、 デンマーク、 アイルランド、 オランダ、 スイス、 ノルウェー、 ドイツ、 オーストリア、 フランス、 ベルギー、 イタリア、 スペイン、 スロベニア、 ポルトガル、 チェコ、 ハンガリー、 エストニア、 ポーランド、 スロバキア、 ラトビア、 ギリシャ、 ルーマニア、 クロアチア、 リトアニア、 ブルガリア、 ロシア、 アイスランド、 ベラルーシ、 モルドバ、 北マケドニア、 アルバニア、 ルクセンブルク、 ボスニア・ヘルツェゴビナ、 キプロス、 セルビア、 モンテネグロ、 アンドラ、 コソボ、 サンマリノ、 バチカン、 マルタ、 リヒテンシュタイン、 モナコ

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