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サントメ・プリンシペ

サントメ・プリンシペの地域情報について調査しています。サントメ・プリンシペ民主共和国は中央アフリカの西部赤道海岸沖のギニア湾にある島国です。サントメ・プリンシペに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

サントメ・プリンシペ

位置

ガボンの北西海岸からそれぞれ約300kmと250km離れているサントメ島とプリンシペ島の2つの主要な島とその周りにある群島で構成されています。

国土

約1千km2

首都(およその人口)

サントメ(7.2万)

人口

およそ21万人

人種構成

メスティーソ、アンゴラ人、フォロス、その他

言語

ポルトガル語

宗教

82%がキリスト教

文化

アフリカ文化とポルトガル文化の混合が見られます。

教育

4年間の義務教育があります。学校制度の国内資金は不足しており、制度は外国資金に大きく依存しています。

サントメ・プリンシペ近・現代史の概略

1800年代 カカオのプランテーション農業が盛んになる
1951 ポルトガルの海外州になる
1960 サントメ・プリンシペ解放委員会(MLSTP)が設立
1974 ポルトガル本土での軍事クーデター(カーネーション革命)。ポルトガル政府は、島々の独立の権利を認め、MLSTPを交渉の唯一の代表として認める。ポルトガル人の脱出
1975 ポルトガルから独立。MLSTPからマヌエルピントダコスタ大統領とミゲル・トロボアダ首相就任。プランテーション国有化。共産主義国と強い結びつきを構築
1978 クーデター未遂。政府はアンゴラ軍に支援要請
1980 経済悪化とともに共産主義国との結びつきを縮小。西側に支援を求める
1988 クーデター未遂
1990 野党を合法化し、複数政党制の選挙を規定する新憲法導入
1991 最初の複数政党制選挙。サントメ・プリンシペ独立運動(MLSTP)は過半数を取れず、暫定政府設置。無所属の候補者ミゲル・トロヴォアダ大統領選出
1992 緊縮政策による政情不安
1994 サントメ・プリンシペ独立運動が権力を取り戻す
1995 無血クーデターでトロヴォアダ大統領拘束。しかし支援国からの圧力でトロヴォアダ復帰
1996 トロヴォアダ大統領再選
1997 経済不安。台湾と国交樹立。中国が外交関係停止
2000 公務員のストライキ
2001 デ・メネゼス大統領選出
2002 石油利権の保護を目的とした、国内の米国海軍基地の計画を発表
2003 軍事クーデター。当時ナイジェリアにいたデ・メネゼス大統領は軍事フンタと合意し、1週間後にサントメに戻る。石油会社がサントメ・プリンシペのオフショア石油ブロックに入札
2004 石油利権をめぐる大統領と首相との争い。汚職スキャンダルの後、首相と政府が解任される
2009 クーデター未遂
2011 独立時代のリーダーであったダ・コスタが大統領選出
2016 エヴァリスト・カルヴァリョ大統領選出。台湾と断交し、中国と国交回復

政治

半大統領制の民主共和国です。大統領が国家元首で、首相が政府の長です。議会は一院制です。

一人当たりGDP

1,668ドル

経済

伝統的にカカオのプランテーション農業に依存してきましたが、油田発掘により大きな変化を遂げています。


アフリカ

南アフリカ、 エジプト、 ナイジェリア、 コンゴ民主共和国、 エチオピア、 ケニア、 タンザニア、 ウガンダ、 モザンビーク、 マダガスカル、 ザンビア、 マラウイ、 ジンバブエ、 ボツワナ、 ナミビア、 アンゴラ、 コートジボワール、 モロッコ、 カメルーン、 ガーナ、 ブルキナファソ、 コンゴ共和国、 ガボン、 中央アフリカ共和国、 チャド、 ニジェール、 マリ、 モーリタニア、 アルジェリア、 チュニジア、 リビア、 スーダン、 南スーダン、 ギニア、 セネガル、 エリトリア、 ジブチ、 ソマリア、 ルワンダ、 ブルンジ、 セーシェル、 コモロ、 モーリシャス、 エスワティニ、 レソト、 赤道ギニア、 サントメ・プリンシペ、 ベナン、 トーゴ、 リベリア、 シエラレオネ、 ギニアビサウ、 ガンビア、 カーボベルデ

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