ホーム>文化>小倉百人一首について>72.音にきく たかしの浜の あだ波は かけじや袖(そで)の ぬれもこそすれ 祐子内親王家紀伊
小倉百人一首の七十二首目は祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)の歌です。祐子内親王家紀伊というのは後朱雀天皇の第三皇女である祐子内親王に仕えていた紀伊という女房ということです。平経方の娘だとか、あるいは藤原師長の娘だとか言われていますが定かではなく、生没年も不詳でわからないことの多い人ですが、女房三十六歌仙の一人に選ばれています。この歌は若い男性から恋の歌を贈られその返事として詠んだものです。
歌の解釈としてはおおよそ、「噂に高い高師浜に打ち寄せるむなしい波にはかからないようにしましょう。袖が濡れてしまいますから。同じように、浮気者として有名なあなたのことだから、あなたから打ち寄せる恋の歌に応えてしまえば、きっと私は涙で袖を濡らすことでしょう」です。浮気者で有名な男に恋の歌を贈られた紀伊が、断りの返事をしている歌ですね。
本心ではその男の人には好意を抱いている。でも、本気で惚れてしまえば後で泣くことになってしまう。それならいっそ最初から断った方がいいかもしれない。そんな悩ましい女心が垣間見れるような、味わい深い歌ですね。
この歌は堀河院御時艶書合という歌会にて、中納言俊忠こと藤原俊忠から贈られた恋の歌に対する返歌なのだそうです。当時、藤原俊忠は三十歳になる手前で、紀伊さんは七十歳になっていたというのですからかなりの歳の差ですね。若い俊忠が、当時でもかなりの高齢の紀伊さんに恋の歌を贈りました。歌会ならではのハプニングでしたが、さすが紀伊さん、女房三十六歌仙の一人に選ばれるだけのことはあります。落ち着いて、やんわりと味わい深いお断りの返歌を詠みました。
藤原定家は祐子内親王家紀伊のこの歌を百人一首の七十二首目に選びました。恋のアプローチを断る歌を、定家はあえて選びました。それだけ紀伊さんの歌が素晴らしいと判断したのでしょう。歌の素晴らしさとともに、定家の歌選びのセンスの良さにも拍手をしたいところです。