TamatsuLab

ホーム文化小倉百人一首について>85.夜もすがら もの思ふ頃は 明けやらで ねやのひまさへ つれなかりけり   俊恵法師

85.夜もすがら もの思ふ頃は 明けやらで ねやのひまさへ つれなかりけり   俊恵法師

小倉百人一首の八十五首目は俊恵法師(しゅんえほうし)の歌です。俊恵法師は平安時代末期の僧侶であり歌人です。歌人として有名な源俊頼の息子ですが、若くして父と死別すると、出家して東大寺の僧となり、四十歳ほどまでは和歌から遠ざかっていました。しかし四十歳を過ぎたあたりから、衰えつつあった平安末期の歌壇を盛り上げるかのように和歌づくりに励み、歌会などを積極的に開催するようになりました。鴨長明の師匠であることで知られています。この歌は、恋しい人を想って一晩中もの思いにふけるつらい心情を詠んだものです。

85.夜もすがら もの思ふ頃は 明けやらで ねやのひまさへ つれなかりけり   俊恵法師

歌の解釈としてはおおよそ、「一晩中あなたのことを想っていると、夜がなかなか明けないので、寝室の隙間でさえ私につれなくしているような気がしてきます」です。片思いの恋の歌ですね。もの思いにふけっているうちに夜中になってしまったのでしょうか。寝室の隙間から入ってくる風はきっと寒くて、つらさが増してくることでしょう。早く夜明けが来てほしいものですね。
俊恵法師さん、僧侶なのに恋をしていたのでしょうか、なんて思ってしまいます。でも、おそらくはそうではなく、歌会などで片思いのつらい恋をお題にした歌を技巧を凝らして詠んだのではないかと思います。この歌は「恨む恋」をお題として詠んだものだともいわれています。もしかしたら、出家前の恋の体験を思い出してこの歌を詠んだのかもしれません。上手くいかない恋、つらい恋ほど優れた歌になりやすいのは、つらさや苦しさこそが恋愛の本質だからなのかもしれません。
藤原定家は俊恵法師のこの歌を百人一首の八十五首目に選びました。定家好みの上手くいかない恋、つらい恋の歌です。ただそれだけでなく、俊恵法師の歌の上手さ、素晴らしさを定家は高く評価していたのでしょう。また、歌人・源俊頼の息子で父の死後は長らく和歌から離れていながら、歌壇が衰えていくとそれを盛り上げようとするかのように積極的に和歌づくりや歌会開催を行った俊恵法師に対し、定家は尊敬の念を抱き、その活動と功績に敬意を表したくて彼の歌を百人一首に選んだのかもしれません。


△小倉百人一首についてに戻る

ページのトップへ戻る